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最高裁判所第三小法廷 昭和24年(オ)305号 判決 1953年2月17日

岡山県真庭郡中和村大字吉田三七八番地

上告人

中沢英雄

右訴訟代理人弁護士

植木昇

同県同郡

被上告人

中和村

右代表者村長

西山清市

岡山市上伊福

被上告人

岡山県農業会

右代表者理事

島村軍次

右当事者間の立木所有権確認並びに伐採禁止請求事件について、広島高等裁判所岡山支部が昭和二四年一〇月一二日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があつた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人訴訟代理人の上告趣旨は末尾添附別紙記載のとおりである。

論旨第一、二点に対する判断

原審の認定した事実を基礎として考えると本件の様に、上告人の代金額を定めない申入れに対し被上告人から代金額を定めた返答があり、これに対して上告人が代金額を争い、両三回に亘り被上告人から被上告人の定めた代金額を受諾すべき旨の申入があつたに拘わらず上告人がこれに応じなかつた如き場合においては代金額の不一致により契約が成立しなかつたものと見るのが通常である。所論の様に契約が成立したものと見ることこそ却つて社会通念に反するものといわなければならない。従つて所論の様な特別事情説明の必要などはない。原審がその認定した事実に基き上告人主張の延期契約が成立しなかつたものと判定したのは当然で何等違法はない。本訴請求が是認される為めには上告人において上告人主張の延期契約が成立したことを主張立証しなければならないもので、これに対し原審は結局右契約成立の事実を認定することが出来ないとして上告人の請求を棄却しただけで積極的事実を認定してその事実に基いて請求を棄却したのではない。右契約成立を認め得ないとする判断に到達する径路の事実において多少当事者の主張に合致しない事実を認めたとしても当事者の主張しない事項を認めた違法ありとすることは出来ない。論旨第二点末段所論の如き事項に付き裁判所に釈明の義務あるものでないこという迄もない。論旨はいずれも理由がない。

論旨第三点に対する判断

本件立木の所有権が所論十年の期間満了の時において被上告人に帰したか或は原判示八月十日頃に被上告人に帰したかの時期の問題の如きはいずれにしても上告人の権利に何等の消長なく、従つて原判決主文に影響はないから論旨は理由なきに帰する。

よつて民事訴訟法第四〇一条第九五条第八九条に従い裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)

昭和二四年(オ)第三〇五号

上告人 中沢英雄

被上告人 中和村

外一名

上告代理人弁護士植木昇の上告理由

第一点 原審判決は其理由に於て「……控訴人(上告人)が昭和二十年七月十三日帝国製鉄株式会社から右山林地域内に敷設の木馬一切とともに本件立木所有権を譲り受けたこと当時の被控訴村(被上告人)村長岡田毅が同月二十日被控訴村会に控訴人と被控訴村間の本件立木伐採期間延長契約締結を附議し翌二十一日同村会に於て延期料を金二万三千二百五十円とし伐採期間を十年間延長する旨の契約をなすことを議決したことはいずれも当事者間に争がない」旨判断し更に「そこで控訴人は控訴人と被控訴人との間に本件立木伐採期間延長契約が成立した旨主張するから先づこの事実について考へて見るに……成立に争のない乙第二号証の一二原審に於ける証人〓尾貞原審並に当審に於ける証人岡田毅の証言の各一部原審並に当審における控訴本人の供述の一部に弁論の全趣旨を綜合すれば控訴人が昭和二十年七月上旬事業経営の目論見を以て前記会社から本件立木所有権を譲り受けようとしたが被控訴村と同会社間の本件立木伐採期間が同年七月二十一日を以て満了し余日僅少となつてゐるので当時の被控訴村助役〓尾貞を介し被控訴村に対し控訴人に於て同会社から本件立木所有権を譲り受けた場合その伐採期間を延長してもらへるかどうか被控訴村の内意を質したところその頃被控訴村政協力委員会に於て控訴人が本件立木所有権を譲り受けた場合延期料を金二万三千二百五十円として十年間伐採期間を延長する旨の協議が整ひ岡田村長から控訴人に対し右の村政協力委員会の協議の結果が伝へられ同村長から本件立木所有権を譲り受けてくれば伐採期間延長契約を正式に被控訴村会に附議するとの話があつたので控訴人が同月十三日同会社から本件立木所有権を譲り受け翌十四日頃岡田村長に対し更めて同会社から本件立木所有権を譲り受けたから伐採期間延長契約締結を村会に附議してもらうよう申入れたこと岡田村長が同月二十日被控訴村会に本件立木伐採期間延長約契締結を議案第一八号立木売買契約中追加契約に関する件(但し延期料額の点は空白で提示せられた)として附議し翌二十一日同村会に於て右議案につき審議の結果控訴人との間に延期料を金二万三千二百五十円とし契約と同時に全額を一時に支払ふ定めで伐採期間を十年間延長する旨の契約を締結することが議決せられこの議決のあつた数日後岡田村長が該議決に基き被控訴村役場において控訴人に対し口頭を以て右村会の議決の内容を通告説明したことしかしその際控訴人が岡田村長に対し村会議決の延期料金二万三千二百五十円が高かすぎるといつてその減額を希望しなお一度延期料減額を村会に諮つてもらえぬかと申し述べるので岡田村長がこれに対し村会に於ける右伐採期間延長についての審議の模様からみて控訴人の希望する延期料減額が頗る困難である旨を答へ村会議決の前記条件で伐採期間延長契約の締結を応諾するよう促したが控訴人が延期料減額の希望を繰返すのみで同日は岡田村長の右勧告に応ずるにいたらなかつたこと岡田村長が翌八月十日頃被控訴村役場に於て控訴人に会見の際再び控訴人に対し被控訴村会で議決された条項で伐採期間延長契約を締結するよう促したが控訴人が依然延期料減額を云為するのみで同日も遂に之れに応じなかつたことが認められるしからば右認定の控訴人が前記会社から本件立木所有権を譲り受けた上岡田村長に対し本件立木の伐採期間延長契約締結を被控訴村会に附議してもらうよう申入れたのを以て該契約の申込をしたものと解すべきかどうかについて案ずるに契約の申込は承諾と合して契約を成立せしめる確定的な意思表示であつて申込に対する承諾があれば原則として契約は直ちに成立し申込者から更に何等の意思表示も要しないのであるが他人を誘つて自己に契約の申込をさせるように仕向けるが相手方がこれに応じて申込をするもその申込の内容如何によつて之れに対する承諾をするかどうかの自由を有する場合の他人を誘つて自己に申込をさせるように仕向けるのは所謂申込の誘引で両者はこれを明確に区別すべきで前記認定のような控訴人と被控訴村間の本件立木伐採期間延長に関する折衝経過やその顛末に徴すれば右の控訴人が岡田村長に対し伐採期間延長契約締結を被控訴村に附議してもらうよう申入れたのは控訴人に於て被控訴村をして本件立木伐期間延長契約の内容となる確定的な条項を被控訴村会に於て議決せしめた上該契約の申込をなさしめその申込の何容如何によつて控訴の最後的な申込に対する諾否を決しようとした本件立木伐採期間延長契約申込の誘引であると目すべきで該契約の申込は寧ろ前認定の申込の誘引に応じてなされた被控訴村会の議決の数日後岡田村長が控訴人に対しその議決の内容を通告説明し議決の条項で締結するよう促したことによつてなされたものと称するのが相当である」と判示した然しながら右認定は(イ)当事者の意思を不当に推理判断した違法のものである即ち原判決は前記判示理由の通り上告人が当時の助役〓尾貞を介し被上告村に対し訴外会社より本件立木の所有権を譲り受けたいが右譲り受けた場合は伐採期間の延長を認めてもらへるかどうかを内偵したところ昭和二十年七月上旬頃被上告村政協力委員会で延期料金二万三千二百五十円伐採期間は従来の通り十年間を認める旨の協議整ひ岡田村長より右協議の結果並に上告人が本件立木所有権を訴外会社から譲り受けてくれば伐採期間延長契約を正式に被上告村会に附議するとの回答を受けたので同月十三日訴外会社より本件立木所有権を譲り受け翌十四日頃岡田村長に対し更めて訴外会社から本件立木所有権を譲り受けたから伐採期間延長契約締結を村会に附議してもらひたい申入れをしたことを以て契約の誘引と判断し更に岡田村長が同月二十日被上告村会に本件立木伐採期間延長契約締結を議案第一八号立木売買契約中追加契約に関する件として附議し翌二十一日同村会に於て右議案審議の結果上告人との間に延期料を金二万三千二百五十円契約と同時に全額一時払伐採期間を十年間延長する旨の契約を締結するとの議決あり岡田村長に於て右議決の内容を上告人に通達した事実を契約の申込とし上告人に於て右申込に対し承諾を与へない限り延期契約は成立しないものであると謂ふのであるが売買契約締結の通常の形式は申込は買主側に於てなされ売主が申込の内容条件により諾否を決するのである若し売主に於て先づ申込を為す場合は「買つてくれ」「延期契約を締結してくれ」といつた形式でなされるべきで相手方の一定申入に対し「かくかくの条件でなら延期契約に応じてもよい」といふような場合は特別の事情の存するものなき限り承諾と解すべきである殊に本件に於ては上告人は本件立木伐採期間が週日を出でないで満了する関係上訴外会社よりその所有権を譲り受けるに当り被上告村が延期に応ずる意思ありや否や及其条件を予め内偵し村政協力委員会に於て延期料を金二万三千二百五十円とする協議決定を得被上告村会に於ても之れと同一条件を以て延期に応じてくれるとの確信を得岡田村長よりも所有権を譲り受けて来い村会に附議してやるとの回答を得たからこそ訴外会社より本件立木所有権を譲り受けたものであつて上告人は被上告村会の議決により前記村政協力委員会の決定条件を被上告村の確定的な意思とし契約を成立せしめたいとの意思を以岡田村長に村会附議方を要請したものであるから単なる誘引を以て目すべきではなく延期契約成立を目的とする申込である上告人の前述葛尾貞を介し被上告村の内意を探り訴外会社より本件立木所有権譲り受けの決意を定めようとし村政協力委員会に於て協議の結果延期料が定まり岡田村長より所有権を譲り受けてくれば被上告村会に附議決定してやろうとの回答を得たので訴外会社よりその所有権を譲り受けた迄の上告人の行為は訴外会社より本件立木所有権譲り受けを決する準備行為と目すべきであつて其後延期契約締結方を被上告村会に附議(村政協力委員会の決定したと同一条件を以て契約を締結する意思の下に)してもらうよう岡田村長に申し入れたことは契約の申入であり被上告村会が村政協力委員会の決定と同一内容を以て延期契約締結の議決をし岡田村長が右議決に従ひ上告人にその通告をしたのは右上告人の申込に対する承諾であると解することが取引通念又は当事者の意思に合致するものと謂はねばならない。(ロ)本件延期契約は上告人が岡田村長より右被上告村会の議決の通告を受けたと同時に成立したものである上告人が前記延期料金額の減額方を村議会に附議してもらひたいと岡田村長に懇請したるは上告人の単なる希望の表現にすぎない上告人は延期料が高いと契約の成立を拒んだものではなく減額方を村会に提案してもらひたいと希望を述べたにすぎない依て右上告人の希望の表現を以て原判決の謂ふ通り被上告村の申込の内容如何により諾否を決せんとしたものと断ずることはできない従て承諾の性質を以て目すべき筋合のものではない。(ハ)上告人が被上告村会の議決の通り契約成立と同時に右延期料金の支払をなさなかつたからとて本件延期契約の成立を否定する証左とは謂ひ得ない本件立木が特定物である限り延期契約は直ちに成立し延期料の支払遅滞は債務不履行を生ずるにすぎないのであつて原判決判示のような理由を以て契約の不成立を論ずることはできない。(ニ)原審口頭弁論調書記載上によれば上告人は原審口頭弁論に於て「村会の決議が行はれその数日後岡田村長から村会で延期方決議した旨の話を聞き之を承諾し……」と釈明した旨の記載あり第一審に於ても同様岡田村長の村会議決の通告を上告人に於て承諾したような主張記載あり第一審判決事実摘示中にも右同趣旨の記載があり宛も上告人が岡田村長の申込に対して承諾を与へる地位にあり上告人の右承諾により期間延長契約は成立し本件に於ては結局上告人の右承諾が延期料が高かすぎるとの趣旨の下に為されなかつたので契約は不成立に終つたと判示するのであるが前述のように取引通念上被上告村会の議決及之れに基く岡田村長の通告が右契約の申込であり之れに対し上告人の承諾がなければ契約 不成立に帰するとの理論が不当であるが上告人の最初被上告村長岡田毅に為した被上告村会への延期契約締結審議の申し入れが単に誘引たるにすぎず又被上告村会の議決及これに基く岡田村長の通告が申込であると判ずるには何か特に斯く解すべき事情の存することを要すべく右特別事情の認定すべきものなき限り通常の契約成立形式に従ひ申込承諾の関係を認定すべきものである上告人に於ても斯く解してゐたから前記原審口頭弁論調書の記載や第一審判決理由中上告人の主張として記載せられた「承諾云々」は単なる希望申入と解すべきで契約成立要件である承諾と解すべきではない即ち右延期料減額の申入は契約成立とは全然別個無関係である希望の表現であるにすぎない契約は被上告村会の議決及之れに基く岡田村長の上告人に対する通告(承諾)により成立したのである唯被上告村長岡田毅が上告人の申込に対する承諾と同時に上告人に要求した被上告村会議決と同一内容の延期契約書の作成が上告人より延期料減額方の希望申し入れにより出来なかつたといふにすぎない実質的延期契約は前述の通り既に成立したものと謂はねばならない被上告人等(原審被控訴人等)抗弁は契約の成立と契約書の成立を混同してゐるのである。

依て原判決は法令の解釈適用を誤つたか或は又審理不尽若くは理由不備の違法あるものと謂はねばならない。

第二点 原判決は前掲記判示理由の通り上告人の申し入れ被上告村の回答を契約成立に関する申込承諾の一般成立形式と異つた判断をしたのであるが右のように上告人の申し入れを契約の誘引と目し被上告村会の議決及之れに基く岡田村長の上告人に対する通告を契約の申込と判断するがためには特別の事情の存することを要し右判示に当つてはその特別事情を説示しなければならない被上告村は原審(第一審以来)に於て上告人が延期料金二万三千二百五十円を高かすぎるといつて支払はなかつたため特約に基き伐採期間満了と同時に本件立木の所有権は被上告村の所有に帰したと主張したのみであつて契約の承諾がなかつたから被上告村の期間延長契約に対する申込が承諾適格を失ひ契約が不成立に終つたとの主張はしてゐないのであるから原判決理由判示のように解釈するがためにはその因つて生ずる特別事情を示し判決理由に於て之が説示を要するものと謂はねばならない而して又上告人は仮令それが延長契約締結の誘引にしろ被上告村政協力委員会の協議の結果定まつた契約内容(延期料)を承知の上岡田村長の勧説に従ひ訴外会社より本件立木の所有権を伐採期間短期日を承知の上譲り受けた後改めて岡田村長に対し被上告村会の議決に附して貰ふよう申し入れたものであつて当時上告人としては村政協力委員会の協議決定した契約内容と同一内容の議決が得られるものと信じたことが容易に察知せられるのであるから原判決理由説示のように上告人が被上告村会の議決如何により延長契約に対する応否を決せんとする意思(即ち自由に承諾を与へんとする意思)ありとするには前記岡田村長に対する申し入れに当り上告人は村政協力委員会の協議内容と同一内容の議決を予想したか或は又全然之れと相異る議決を望んだかにつき釈明権を行使し明かにする必要がある然るに原審は此の挙に出てゐない依て原判決は当事者の主張しない点につき不当に判断を与へたか又は釈明すべき事項につき釈明権を行使しなかつたか或は又審理不尽理由不備の違法あるものと謂はねばならない。

第三点 原判決はその理由に於て「次に被控訴人等は被控訴村と訴外野島国次郎間の本件立木売買契約には伐採期間経過後未伐採及未搬出の立木が総て売主の所有に帰する旨の特約があると主張し……此の点について審案するに成立に争のない乙第一号証並に原審及び当審に於ける証人岡田毅、池田廉三の各証言を綜合すれば被控訴人等主張の右特約が存在し且つその效力を有することを認め得る……しからば訴外野島国次郎から訴外帝国製鉄株式会社を経て控訴人が承継した本件立木所有権は以上認定の特約の存在と伐採期間延長契約の不成立によつてすくなくとも岡田村長が昭和二十年八月十日頃再度控訴人に対し被控訴村の本件立木伐採期間延長契約申込に対する承諾を促したが控訴人に於てこれに応じなかつたため右申込がその承諾適格を失ひ該契約が不成立に終つた時被控訴村に帰することに確定したものといわねばならない」と判示した然し被上告人等は第一審以来前記特約の效力を主張し伐採期間延長の契約成立しなかつた限り(被上告人等は被上告人の承諾がなかつたため契約は不成立に帰したと主張する)期間満了と同時に本件立木の所有権が被上告村の所有に帰したと主張し原審に於ても判示理由の通り右特約の存在と效力を認定し被上告村の主張を認容してゐるに拘らずその末尾に於て岡田村長が上告人に八月十日頃再度契約締結を促した際延長契約不成立に終りその時を以つて本件立木の所有権も又被上告村の所有に期したと判示したのは右前段認定と矛盾するものと謂はねばならない依つて原判決は理由齟齬ある違法のものである。

以上

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